西野JAPANから考えるサッカーの本質

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W杯のポーランド戦での時間稼ぎが賛否両論あるそうで。

賛美することに関しては決勝トーナメントに進んだのでわからなくもないのですが、批判ってどういうつもりなんですかね。

素直に勝ち上がれたことを喜べないというのは人間として貧相だと思います。

もちろんセネガル人とかポーランド人であれば批判することはわからなくもないし、高いチケット代を買って観戦している人達がブーイングするのは仕方ないことではあります。

 

批判している人のほとんどが頭が悪いか知識が欠落しているかのどちらかです。

なので、批判している人のために、サッカーというものがどういうものかということ、あの戦い方に問題がない理由を説明していきます。

 

サッカーとは

サッカーはイングランドが発祥のスポーツで、ヨーロッパを中心に発展をしていったスポーツです。ヨーロッパを中心で発展しているということは基本的にヨーロッパ人がルールを決め、サッカーを運営しています。

そして、サッカーのルールを決めているヨーロッパ人にはルールが絶対という思考があります。すなわち「ルールで決まった以上、それがルールです」という考えです。

 

このように、「ルールが絶対」という価値観のヨーロッパ人が作ったスポーツがサッカーです。

絶対的なルールの中で最善を尽くし、勝ち上がる、生き残ることを目指すのがサッカーというゲームと言えます。

さらに裏を返して言えば、ルールさえ守っていれば何をやってもいいという側面があります。

 

戦い方に問題がない理由

上記の通り、「ルール上OKであれば何してもいいんでしょ」というサッカーの特性があるので、時間稼ぎは問題ありません。

そうは言ってもという人はモラルとルールの違いを履き違えていると考えられます。

 

繰り返しますが、「ルール上OKであれば何してもいいんでしょ」っていうのがサッカーです。

そして、試合中のプレーがルール的に問題がないかを判定するのが審判ですし、ルールに問題があれば作り変えるのがFIFA(国際サッカー連盟)です。

この試合で審判は時間稼ぎについて何のファールも取らなかったですし、FIFAからも何の問題提起もありませんよね。

そこにモラルは関係ないですし、ルールが絶対なのです。

 

サッカーを見るとめちゃくちゃモラル的にアウトなことをします。例えば、審判の見えないところで服を引っ張るし、汚い言葉を発して相手を怒らせたりもします。時間稼ぎで怪我してるふりもしますし、わざと転んでファールを貰おうともします。

これってルール的にアウトかと思われるかもしれませんが、ルール的にOKかを判定する審判が反則に気付いていなければルール的にセーフなので、日常的に行われています。

ヨーロッパ人と違い日本人は「モラルが絶対」というのがあるにしても、サッカーというスポーツの特性について理解せずに批判しているのは頭が悪いですし、自分に都合のいいモラルを人に押し付ける思考はよくないですよね。

 

FIFAの憲章持ち出して全力プレーしてないからダメみたいな批判もありますが、審判とFIFAが何も言わない以上はルール的にOKですし、それが嫌なら審判になって時間稼ぎを反則と判定するか、FIFAの幹部になって負けていても時間稼ぎができないように全試合トーナメント戦にするように働きかけてください。

また、他の国も批判しているという人もいますが、他の国も同じ立場であれば時間稼ぎはしますし、過去の大会でも行われています。今大会でも、時間稼ぎではありませんが談合試合という手抜き試合も行われています。W杯を勝ち上がることに徹する者の考えはそういうものなのです。

 

まとめ

過去にドーハの悲劇というのもがありましたが、勝っていたのに無理に攻めたことがきっかけで点を獲られ引き分けてしまいW杯出場を逃しました。

今回、歴史が繰り返されることがなく本当に良かったと思います。

 

今回の作戦を批判するのはドーハの悲劇を繰り返しても良いという危険な思想です。

このような思想は日本サッカーにとってただの悪害なので、次の試合はごちゃごちゃ文句言わず応援しましょう!

 

Bravo

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仲西紘希(ナカニー)

仲西紘希(ナカニー)

仲西紘希です。 巷ではナカニーと呼ばれています。 横須賀でのんびりと過ごしています。 人生模索中です。